|
カテゴリ
全体
チャイ日記 Journaal 四季の楽しみ 街角コレクション お気に入りのお店・アンティーク Markt オランダ料理・食 クッキング うちでベーカリー うちでお豆腐 ヨガ 香りでリラックス 映画・音楽・本 Museum・Theatre 旅 Profiel 未分類 以前の記事
2011年 01月
2007年 10月 2007年 09月 2007年 07月 2007年 06月 2007年 05月 2007年 04月 2007年 03月 2007年 02月 2007年 01月 2006年 12月 2006年 11月 2006年 10月 2006年 09月 2006年 08月 2006年 07月 2006年 06月 2006年 05月 2006年 04月 2006年 03月 2006年 02月 2006年 01月 2005年 12月 2005年 11月 最新のコメント
お気に入りブログ
excite blog以外のリンク
ライフログ
検索
おすすめキーワード(PR)
ファン
|
2006年 05月 07日
今日は午後から作業しよう~、午前中はヘンドリ朝寝坊の日。で、私は朝のお散歩係の日で7時前にはチャイに連れられて(笑お散歩。お散歩の後はチャイをのっけてソファーの上ですやすや。チャイはもう重いのに、のっけて眠るのは全く平気で不思議です。
今日はまた5月5日の出来事を。午後、作業着を着替えて、ヘンドリと市場へ買出しに行きお刺身用のサーモンをたんまり籠に入れ、途中でダニエルをヘンドリに紹介したりして、気分良く家のドアの前に到着。お隣のお店の女性が店先で立ち話をしているのはよくあることですが、どこかいつもと空気が違います。店先の路上に血痕があるのが目に入りました。そして年配の男性が手に布巾を巻いてその布巾は血に染まっています。何も気付かぬ様子のヘンドリに「ね、なにかあったんだね、大丈夫かしら?あの人、手が。。」と話しかけると「エ?あ、ほんとだね。」ヘンドリがお隣の女性に大丈夫ですか?と話しかけると、「彼がこの道の向こうで自転車に乗っていて転んだの、それで倒れたときに指を切ったらしくて。詳しい状況は私にも分からないんだけどね、傷口はぱっくり開いてるから絶対縫わなきゃ。即病院へ行った方がいいって言うんだけど、どうしてもまず家に帰りたいって。自転車を押して帰るって聞かないのよ。」と説明してくれた。第一発見者(オーバー、笑)の二人の若い女の子も心配そうに佇んでいる。幸い、私達はここに住んでいて、救急手当て用のものは揃っている。「家に戻るにしてもせめて包帯だけでも巻きましょうよ」と提案すると怪我をしている男性は「いいんですか?じゃあお願いします」と家に入ってもらった。救急箱を取りに行き、消毒薬で傷口を洗い流し(痛そうだった~)、殺菌済みのガーゼを当て薄い包帯を巻き、それからかなり分厚いフレキシブルな包帯で傷は小指だけだったけれど、四本とも一緒にぐるぐる巻きにして手首でしっかり留めた。。これで私達も少しは安心。その間、ヘンドリは救急車を呼ぼうと連絡を取るが、小指の怪我と聞いて救急車は行けないと断られる。私達が車を持っていればいいのだけれど、車が無い。外で待っていてくれる女の子が彼氏が車を持っているから頼んでみるわ、と携帯電話で連絡を取ろうとすると、「いいえ、大丈夫。自転車でとにかく家に帰ります。家内に会わなくちゃ。」とそれを繰り返すばかり。でも、とにかく奥さんに会いたいと願う気持ちはよくわかる。「そんなこと言ったって、その手で。。ヘンドリ、自転車で一緒に行ったら?」「そうだね、そうしよう!じゃ、とにかく一緒にあなたの家まで行きましょう。」「そう?ありがとう。」やれやれ、なんとかなりそう。二人、自転車を引いて行きました。戻ってきたヘンドリに話しを聞くと、「奥さんはびっくり仰天して気絶するかと思ったくらい。大丈夫ダイジョブとなだめるのにタイヘンだったヨ」、と話してくれた。 夜、彼からありがとう、と電話がありました。ヘンドリがお話しを聞くと家から奥さんとタクシーでホームドクターへ向かったけれど、丁度解放記念日、しかも三連休の初日とあって、ホームドクターはヴァカンス中、じゃあと総合病院の救急窓口へ行っても今日はドクターは二人だけしかいないので、と延々と待たされ、診察してもらったのはなんと夜の9時になっていたそうです。そして彼は、これが今のオランダのシステムだよ、どうにもならないね。悲しいね。とハンスと言っていたそうです。確かに、お医者さんまでみんなヴァカンスで出払ってしまうというのはね。事故や怪我にヴァカンスは無いのよ、ドクター!! そして、なんと、彼の小指は折れていたのだそうです。あああ・・・どんなに痛かったことか・・と思ったのですが、彼はペースメーカーを付けていて、そのための薬を常時服用しているので、痛みは普通の人ほどは感じないのだ、と。良かった、と思ったのですが、場合によってはこれも危ないですよね。でも、一件落着、夜にはほっとできた私達でした。 傷の応急手当をしている時、「あなたは看護婦さんですか?」と聞かれました。誰が~?私?看護婦さんなわけないでしょう~。なのですが、自分でも以外にてきぱきとできて、包帯の巻き方も覚えていてよかったな~、なんて思いました。実はスイスで、救助者の講座を取ったことがあるのです。もう何年も前のことですっかり忘れていたのですが、いざとなると不思議と身につけたことが蘇るもので、びっくりしました。初めて覚えたことを役立てることができたわけです。役に立つ機会が無いに越したことは無いのですが、役に立てて嬉しかった~。 ’Cours de samaritains’ とはなんぞや?続きは More ▲ by tchaihuis | 2006-05-07 13:57
2006年 03月 01日
外では雪が降り続いています。道路も屋根ももう真っ白。
今日は日本語との付き合いについてのつぶやき。。 スイスではまるで専門外の日本語を教える機会に恵まれ、本を読んで自己流で教え始めた。と言っても、本当にやりたいことはまた別にあって常に’二束のわらじ’を履いていた。 自宅では13歳~54歳までの8人に、語学学校では常設の日本語クラスは無く申し込みがあれば常にプライベートが小グループに教えていた。日本語を教えるためには準備に時間がとられたし、語学という角度から勉強していないので、ネイティブだからといってそのままできるものではないことも痛感したが、楽しかった。手探りで、みんなにはベストとは言いがたかったはずだけれど。時にはSushiパーティーや書道の日、湖畔バーベキューで遊びながらいい関係が築けたことは今でも私のタカラモノ。彼らと別れるのは辛かった。昨年の夏は教えるうちに友達になったフランソワーズとリリアンに会って懐かしい時間を過ごした。リリアンはお孫さんがいると言ってもまだ60歳になったばかり、現役の無菌室の看護婦さんで昨年までフランスの大学で講義も受け試験にも合格し新たなディプロームを手にした。今年はケベックの病院に招待され、専門分野の講習会を開く。長年続けた柔道は膝の故障で2年前に断念、今は剣道!お茶も習っていて袱紗さばきは素晴らしい。日本へは毎年でかける日本好きだ。彼女は「私はスイスの母よ!いつでもここに帰ってきてね」と言ってくれる。私の母にしては若すぎるのだけど、パワフルで頼もしいリリアンは私の友達兼スイスのお母さんになった。 オランダでもう教えることはないと思っていた日本語、縁あって大学の短期集中のカリキュラムの一環としてある日本語の授業を引き受けることになった。自宅で個人授業、語学学校でも個人か少人数のクラスでしか教えたことがない。フランス語ならばいいが、英語で教えたことはない。不安材料は一杯だった。それでも、誰にでも最初の経験はあるのだ、と思い切って引き受けることにした。 学生は全部で16人。グループレッスン用の予備知識を詰め込んで、カリキュラムを作りゼッタイ必要であるとここで学んだ毎日のレッスン用の細かいシナリオを作った。学生達は顔を合わせたとたんにホッとするようなナイス・ガイ(女学生含む)達だった。大学生ってこんなにかわいかったかな?まるでお母さんのような気持ちで見ている自分に気が付いてびっくり。びっくりする必要もない、よく考えれば私はもう彼らのお母さんの方に近い歳なのだ。昨日卒業したような気持ちなんだけど。。(笑)。おばあちゃんになっても同じ時代を生きる人間として色んな世代の人達と自由に付き合っていけたら楽しいな、と改めて思った。 ![]() これはヨーロッパと日本の理科系交換留学のプロジェクトで学生達はドイツ、デンマーク、ベルギーそしてオランダと賑やかだった。大きなグループでの授業はエネルギーも使うけれど、教えやすい面も沢山あることを実感した。一対一よりもぐっと練習の幅が広がる。語学に苦手意識をもっている学生やどうしても日本語が頭に入らないという学生を引っ張ることができれば、クラスの雰囲気もぐっと明るいものになる。。いろんな事を学ばせてもらった。シャープな彼らからは鋭い質問が飛んでくる!もたもたしている時間はないので、さらに下準備に時間をかけたけれど、手ごたえのある授業は今までに無い充実感を私に与えてくれた。彼らは短い間に毎日よく学び、丁寧に自己紹介と挨拶や簡単な日常生活に役立つ表現を覚えて日本へ旅立った。帰国後の様子を風の便りに聞いた。日本が全く肌に合わなかった学生、もっと日本にいたかった学生と様々。日本の学生達とのコミュニケーションに違和感を感じた学生達も多いようだった。中には教授に見込まれてオランダでマスター取得後、再び日本へ戻った学生もいる。カリキュラム最後の日、グループ別のプレゼンテーションの後で学生達が寄せ書きのカードと額に入れたみんなの集合写真をプレゼントしてくれた。寄せ書きは日本語だった!帰宅途中、電車の中で再び開いて涙がこぼれてしまった。それぞれ個性的な若者達とヨーロッパと日本の文化について話し合う交流もできたことはまたオランダでの私のタカラモノになった。オランダでやりたいことは他にあるのだけれど、日本語のわらじ、私にタカラモノを一杯運んでくれるのです。これから日本語を教えることを止めるにしても、しめくくりに一度言語学を含めた日本語の教授法を勉強しておこう、と思い立ち、よせばいいのに今通信講座を受けている。面白いところもあり、全然面白くないところもあり、ついつい他の楽しいことへ逃げて(笑)毎月のテストの提出がどんどん遅れている、集中力と若い脳細胞が欲しい~。 ▲ by tchaihuis | 2006-03-01 09:33
< 前のページ次のページ >
|